エスプレッソ
慌しい一日ももう直ぐ終わりかとホールの隅で粉雪の振る通りを眺めて息をつく。店内には常連客がくつろいでいるだけでなごやかなムードだ。ぐるりと辺りを見回してソムリエの仕事はなさそうだと判断し近くのテーブルの食器を片手に厨房へ下がる。
「はいよ、政宗」
「おう、流しに置いとけ」
食器を洗いながら肩をパキパキと鳴らし作業する姿に「ご苦労さん」と肩を数回揉んでやってゴミを片しに勝口から外へ出る。流石に真冬の夜は冷え込む。ひゅうと風が撒き散らせる粉雪を全身に浴びながら「寒ぃ寒ぃ」と呪文のように呟いて1日分のゴミをコンテナに押し込む。こんな場所に長居は無用だぜ。俺はそそくさと踵を返す。
「はっくしゅっ!」
大きなくしゃみが聞こえて振り返ると口元に手をやった女が恥ずかしそうにこちらを向いた。気まずそうにぺこっとお辞儀をして去ろうとする。その後姿に寒ぃよなあ、と同情を覚えて「オイ」と声を掛け手招きをした。女は少したじろいだ様子だったがゆっくりとした足取りで寄って来た。耳と鼻が寒さで赤味を帯びている。「ちょっとそこで待っとけな。すぐ戻ってくっからよ」そう言って厨房へ駆ける。
「片倉サン、これいいですか」
「おう、今日は終いだ。好きに使え」
「どうも」
動かしたマシンはゴゴゴ……と年季の入った音がした。
厨房を出ると女は手を口に当て、はあはあと息で温めていた。寒空にちょこんとしゃがんでいる様子が捨てられた仔猫に見えて寒かったろ、と背中をわしわし擦ると「わああ」なんて悲鳴を上げたのでしーっと人差し指を口に持っていく。元就が悲鳴を聞きつけてやって来たら大変だ。一応勤務中であるので見つかれば大層な説教が待っている。仕事の鬼が気付いていないことに肩を撫で下ろし暖かいエスプレッソを渡すと「ありがとうございます」と言ってにこ、と笑った。小さなマグを両手に持って頬にくっつけて温もる女が小さな子どもの様で愛らしいと思った。十分肌に温もりを移して温くなったエスプレッソをこくこくと喉を鳴らして飲みのしていく。時々「ほおっ」と吐き出される息が先ほどのものより白く濃くなっているのを見て、体も温まっていることが分かった。(よしよし)
「ちったぁ暖まったか」
綺麗に飲み干されたマグを受け取る。
「すみません、お客でもないのに」
申し訳なさそうに笑って金を渡そうとする女にいらねぇよという意思を込めて手を振る。それじゃあ代わりに今度店に来てくれよ、と胸ポケットから名刺を取り出してコートに突っ込んだ。