ソルベフレーバー
小十郎から鍵までぶん取って朝一に店に入ってそそくさとコックコートに着替える姿なんざ格好悪くて誰にも見せられねぇ。スタッフの連中、特に察しの良い猿飛と恋・愛五月蝿い前田来るな来るな来るな。椅子を逆方向に跨ぎ顎を背もたれに乗せる。昨日はちっとばかり呑み過ぎたかと目を瞑る。朝のひんやりとした空気が頭を冷やして気持ちが良かった。外で雀が飛び立った羽音がしてガチャ、という勝手口の柵が開けられる金属音。連中が来たかと舌打ちをしたが「お早うございまーす」という柔らかい声に心臓が跳ねた。来、た。グラスに注いだ水を一気に飲み干し深呼吸をして来客を迎える。
「ちっス」
「お早う、政宗くん」
「寒いんで上がってください」
「ありがとう」
ドアを開けて彼女を先に通す。束ねられた後ろ髪が揺れる。
「今日のお花これでいいかな」
「はっはい」
「あははっ、そんなに手拭かなくて大丈夫よ。また小十郎さんに制服しわくちゃにするなって叱られるわよ」
クスクスと可笑しそうに笑う彼女のきれいな手が俺に触れて服の皺を丁寧に伸ばしていく。心臓がばくばく五月蝿い。彼女が顔を上げないように願う。今、俺はすごく情けない顔をしているに違いない。「よしっ、いいかな」と声がして俺は咄嗟に後ろを向いてしまった。
「政宗くん?」
「〜〜〜………っ、店に出すソルベの新作ができたんですよ。味見してください」
冷凍庫の冷気が火照った顔を冷ますのに丁度良かった。ここが厨房で感謝だ。トレイにあるのを小皿に取り分けて彼女に渡す。
「何味かしら」
ぱくりと口に運んで満面の笑みを見せた。
「レモンね、とってもおいしい」
その笑顔に俺の時間は止まってしまって彼女が去った後も暫く夢現だった俺を小十郎が大層心配したのは言うまでもない。