異なる花の種が願っても同じ花にはなり得ない。












六の幕






晴れていなくても、朝昼であれば障子越しだとしても明るさが違う。
薬売りが叫んだ後、一番端の障子から物凄い勢いで照度が奪われていった。まるで障子の向こうに一寸の隙間も無く何かで塞がれた様。 とたん、外の音や人の声が聞こえなくなる。
「囲まれたな」
おびただしい数の札を部屋の一面に張り巡らせたというのに怪奇なものは部屋の四面からただ静かに部屋に侵入を試みていた。
奇怪の正体…………煙々羅は煙の姿をしたモノノ怪だと言う。それが部屋をまるで糸でものを縛るようにこの部屋に巻きついているのだそう。 部屋がギィィ、ミシミシという音を立てている。長くは持たない。そんな気がした。
「驚いた。貴女は恐ろしくないのか」
「え?恐ろしい?」
「正体不明の、それも自分に危害を加えようとしているモノに対峙していると言うのに随分落ち着いている」
今気がついた。
「そうですね、何故でしょう。一人なら、部屋の角で震えていたかもしれませんけれど、今はあなたがいるから」
「へぇ、奇特な方だ」
ふふ、と笑う薬売りに余裕が見えて安堵した。
「あれ?静かになりましたね」
札も大人しくなった。
「逃げたのでしょうか」
それならそれでいい。一先ず落ち着いて対策を練れる。
「良かった、瀬戸。お前の葬儀の用意もしなければね」
口も目も二度と開かないはずの瀬戸が寝かされた布団から私を見て微笑んでいる。
「ひっ………!!!」
「オジョウ、サマ……ワタシ、オジョウサマガホシイ」
「下だ!!」
薬売りが叫んだが遅く、私の腕は瀬戸の骸に捕まれていた。
「嫌!離して!!」
瀬戸の血の気の失せた肌。怪しげに光る眼球が生前の彼女でないことを示していた。
「離れろ!!!」
喉に噛み付かれる寸でのところで、 薬売りが放った札が掴んだ腕に触れ助かった。
鳥獣の悲鳴とも思える声を上げ、布団に倒れこむ骸。その後ろで先程見た煙が今度はすぐ目の前で蠢いている。
そうか、畳と天井には札を貼っていなかった。下へ回って、隙間から入って来たのか。
「呆けるな!しっかり意識を持て!!」
大きな声で我に返ったが遅く、煙々羅が私に向かって突進する。薬売りが私を庇おうと盾になる様子が何故かゆっくりと 目に映った。
…………死ぬのか…………。
起こってしまったことはどうしようもなく、私も薬売りもなす術がなくそのまま目を細めた。
「痛っ!!!」
次の瞬間、ドン!という自分が情けなく畳みに倒れこんだ音が響いた。それだけだった。煙々羅は二人分の体をすり抜け 狂ったように部屋の中を引っ掻き回っている。
そして、一筋の糸が瀬戸の骸に触れた。起き上がる瀬戸。そういうことか、こいつは人に触れられない代わりに人を 操ることができるらしい。
赤く光る瞳で私をとらえ、絵物語の鳥獣ほどに伸びた爪で切りかかってくる。
私を庇って薬売りが攻撃を流し続けてくれているが何か自分にできることはないだろうか。
「そうだ!刀!その刀を抜くのに必要なもの、あとは何でしたっけ!」
薬売りがハッとして振り返る。
「真と理だ!」
うなずき、今度は瀬戸に問いかける。
「瀬戸、何がそんなに悲しいの?私が聞くわ」
この言葉はいつも瀬戸が静かに泣いているときに、決まってかける言葉だった。
骸は反応しなかった。代わりに、その奥にいる煙々羅がいびつに形を変えて反応していた。 まるで嗚咽を我慢する子供に見えた。



あ゛あぁああ゛あぁあああぁあぁ!!!!ああ゛ぁぁぁあぁあ゛あ!!!!



形を変えながら叫ぶ。人の言葉が使えないのだ。
「一か、八か」
そこまで目の端で追っていたらしい薬売りが叫ぶ。
「あなたがこれで!」
投げられたのは退魔の剣。
「私が戻るまでなんとか生きていてくれ!」
「これで、戦うんですか?!」
「必ず戻る!」
言うやいなや煙々羅に向かって飛び込んでいく。一撃、瀬戸の攻撃に応じた間に部屋は私たち二人だけになっていた。