美しい花は間引かれた命の上に咲いているのかもしれない。












五の幕






母屋と店を繋ぐ廊下で瀬戸が倒れていた。容態はどうだろう、急いで傍によると、その体に薄いくもの巣とよく似たものが絡みついているのが分かった。 時に緩くきつく、瀬戸のわずかな呼吸に合わせて動く姿はまるで蛇が獲物を締め付けている、そういう風に見えた。
「瀬戸!わたしよ!分かる?」
呼び欠けても浅い呼吸ばかりで、だんだんと意識が無くなっていくのが伝わってきたが自分にはどうしようもできない。 ただ、彼女の意識を戻そうと声を掛け続けることしか思い浮かばなかった。
ずるり。
「ぁ……」
瀬戸の口から、空気のもれる音がしてそれは起こった。 仰向けに倒れたまま、縄を引っ掛けた荷物のように少しずつ移動していく。いや、引っ張られていると言った方が視覚的に正しい。
「あれを見ろ!」
薬売りが差した指の先。瀬戸の体より襖3つ分ほど奥に正体がいた。
煙の塊―――。
煙塊の奥に二つの赤く光るものが蠢く。ギョロギョロと動き回っていたそれが、視点を私たちに定めた。



あ゛ぁ゛ぁああぁあああーーーー



低い、体の芯から絞りだした叫び声。それと共にぐるぐると回りながら煙の体がちぎれて消えていく。
一体何が起こったのか。
「モノノ怪の形、見たり。これは……煙々羅だ」
カシャン!
退魔の剣が音を立てた。





*****





瀬戸の息はもう無かった。
目頭が熱くなる。困った子ではあったけど、何かと私を思いやってくれた。私を頼まれた日から姉妹のように過ごしてきた。 思えば、私のことを一番知っているのは瀬戸だった。
灰色の、雨粒を湛えた空が私の気持ちを代弁しているかの様。 何度も死人を運び亡骸の部屋と変した一室に瀬戸を運び、薬売りと手を合わせた。
「器量も悪くない子だったから、私への依存心がなくなれば、よい人生もあったでしょうに……」
私は一息で言い切って口の端を噛んだ。そうしなければ、嗚咽が漏れそうだったから。みっともなく突っ伏して、声を気にせず泣ければどれ程楽になることか。
「……主従を越えての仲、ですか」
「主従と言うほど大したものではありません。唯の雇い主の娘と使用人です。けれど、あの子は私を狂信的な程慕ってくれていた……」
「そうですね」
ゆっくりと瞼を開くと涙は零れなかった。我慢しているところを見られていたら、恥かしい。そんな思いでとなりを伺うと 薬売りは瞼を降ろしたままだった。
あぁ、これがこの男の気配りか……。
気配り上手の色男。少しばかり憎くて、少しばかりこんな人間になりたいと思った。
「あぁ、でも今のは取り消し」
気配りができる男なら、自由に泣けるように一人にしてくれるのではないか?そう考えていた私は直ぐに浅はかだったと気づかされることになる。
「あなたもそう思いましたか。あなたは実に感がいい」
「は?」
「瀬戸さんがあなたを慕っていたのは確か。だが、本物の瀬戸さんはとうの昔に居なかったかもしれない」
「えっ、どういうことですか?」
「下がれ!来るぞ!!」
ダン!と足を鳴らして立ち上がったかと思うと、私に背を向け障子に向かって構えた。
3つ数える間もなく怪異は起こった。



(10.07.30)