「そこにいるの?」
心臓が一瞬止まった。私は悪いこともしていないのに子どもみたいに木の陰に隠れようと急ぐ。こういう時に限って足が上手く動かない。草を掻き分ける音と足音がどんどん近づいてきて人影がちらっと見えた。心臓がうるさい。早く。見つかる前に早く隠れないと。
「きゃっ!」
ドシンと派手な音をたてて土に体を打ちつけた。
急がなければと思うほど気が動転してしまって自分の足に足が引っかかってしまったのだ。
「何の音?」
私の眼の前に人影ができて……通り抜けて行った。
私に気付かなかった……?
先程の人影は私の傍をスピードを落とさずにすり抜けて行った。そして、たぶん目の前の木の向こうで立ちどまっている。
草木のざわめきが邪魔でよく聞き取れないけれど人と話しているみたい。女性と男性の声が微かに耳に届いた。
「嫌です。この子は私が連れて帰る。私の子だもの」
茂みの奥に居たのは簡素な着物に煤けた赤の袴の少女。どこかで会った気がする。どこかって……どこで?小さな違和感が私の中に留まっているのに取り除けなくてもやもやする。少女と話しているのは背の高い赤髪の男に見える。見える、と思ったのは背に黒くこんもりしたまるで羽のようなものがついているから。
「俺が先に見つけたんだよ?それ、おかしくない?」
岩の上から少女を見下ろす男が抗議する。視線の先には少女の腕の中にいる仔犬。
「おかしいのはあなた。あなたがこの子を私より先に見つけただなんて分からない」
少女は小刻みに震えながらも仔犬を固く抱いて男を睨みつけている。
「小さいのに言うね。でもさ、よく見てよ?その子の傷。俺様の歯型がついて血が出てるでしょ?アンタたち人間が物を食べて生きるように俺たちも生き物を食べないと生きていけないんだよね。それ、渡してよ」
男が手を伸ばす。
「……嫌です」
「フーン。それでもいいけどね。俺様がやろうと思ったらアンタたち両方美味しくいただけるんだから逃げるなり何なり好きにしたらいいよ。逃げて逃げてお家が見えた瞬間食べてあげる」
少女の肩が震えた。震えるのを止めようとしているのだろう。自分の体を抱きしめると腕の中の仔犬が小さく鳴いた。
「なら……なら、私が死んだら魂をあなたに半分あげる。妖怪は魂を食べるのでしょ?それで見逃して」
「へえ、変わった人間だね、じゃあ、約束。破ったら駄目だよ」
遠くからでもはっきりと分かるくらいにニヤリと笑って男は消えた。
人じゃなかった。あれは何?ここはどこなの?
(08.12.28)
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