最近、犬神の元気が無い………風に見える。覇気が無いというか生気が無く感じるのだ。昼間は屋根の上か木の上で呆としているし頻繁に出かけていた外にも行かない。部屋に戻ってきても私の後ろに控えて会話もあまりしない。



この世界は随分と生き難くなったものだ。人間はもちろん、動物でさえも自由に獲るとこができない。 この霊体を維持していくためには多大な霊体を摂取することが要される。かつては死人などあちらこちらに転がっていて延命には困ることはなかったというのに。何とか姿を保っていられるだけの僅かな命を求めて夜な夜な彷徨うが、簡単に食物が見つかるはずもなく木の陰で体を休める日々が続いた。
「犬神、何か食べる?」
縁側から人間の食物の匂いを纏った主様が笑いかけてくれる。息を吸って力の篭らない体を起こすと木の幹がミシっと軋んだ。
「よい匂いだ。今日は何を作られたか」
大きな皿に握り飯が並ぶ。ほこほこと白い湯気が浮かんでは消える。
「お手に怪我は御座らぬか」
白魚のような手が握るには湯気の立つ飯は随分と熱かろう。仄かに赤くなった手の平が痛々しく見えた。霊体故に自分は人間の飯を食べずとも良い。味は感ずれど腹は満たされないので主様に進められる時にしか口に入れない。飯を自分にその手で作って頂く必要が無いと申し上げようとしたがさすれば何を食べるのだと言及されるに違いない。何も食べずとも良い、と嘘をつくことは容易だが主様にはなるべく嘘はつきたくない。痛々しい手のひらにそっと詫びて小さく結ばれた握り飯を口に運ぶと薄い塩の味がした。



日が落ちると怪にとって活動しやすい時間となる。月も雲に隠れた頃合を見計らって部屋の窓から抜け出し屋根伝いに動物を物色する。なるべく明かりの無い道を選んで動くものがいないか目を光らせる。屋根の上からだと下が見渡せて都合が良い。筋向かいに動く小さな影に目標を定める。気取られてはならぬ。気配を隠して一気に喉元に噛み付くのだ。悲鳴を上げられると周りが何事かと騒ぎ出す故、声も上げぬよう牙を立てる。
ゆっくりと移動していくその影を一跳びの射程距離において屋根の上から狙う。するとぴたりと動きが止まった。気付かれたか?ここで逃すわけにはいかぬ。この体が消えるか消えないかの瀬戸際なのだ。
某の目的はまだ果たしておらぬ故、この命、繋がねば。


暗黒色の予感


(08.08.04)