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突然、目の前が白くなって地面に手をついた。主様に再会して暫く何も食していない。否、がこの体は元々飲食で栄養摂取をするようにできていないので食すと言っても口にするのは食物や水ではない。我々犬神は人間の云う所謂零体であるが故にこの体を維持するために摂取するもの同じく零体である。腹を満たすものを探すべく周辺を彷徨ったが建物や鉄の塊、そして人間ばかりで目ぼしいものは何もなかった。かつてはどこでも手軽に食料にありつけたのだがこの世界は実に暮らし難くなったものだ。体力が戻るまで隠れていようと眩暈のする頭を抱えて立ち上がると、小さな悲鳴のようなものが聞こえた。耳を声の方に向けるとそれはとても小さく弱弱しい。神経を研ぎ澄ませて声を追えば松の木の下に血を滴らせた犬が体を横たえていた。犬は己ではない気配を感じ取って傷ついた体を庇いながらも某を威嚇するが、直ぐに目を閉じ土に倒れこんだ。もう此奴は長くない。立ち上がる力も無く死を待つのみの命を惜しい、と思った。1つの命が消えるのが悲しいとかそんな綺麗なものではなく、食べられる、 と思ったのだ。数時間後には必ず消える命。ただの死にかけた野良犬。死んで困るものなどいない。ならばこのまま死を迎えさせるのは惜しい。自分の命を繋ぐために犠牲にしても良いと思った。 次の瞬間には弱った体に牙を立てていた。弾力のある皮を裂くと滴る血も気にせずにガリガリと骨を砕く。そこから弱弱しくも確かに零れて消えていく霊質をズルズルと啜った。口に入らずに宙に霧散していくものも掴んでは口に入れ霊質を頬張り、我に返ったときに四肢は無残に引き裂かれ血と肉の塊がいくつか転がっていた。だが、たかが犬1匹。これで大量の霊質を消費する自分の腹が満たされるわけではなく一晩中、動物を探し歩いた。 主様の悲鳴がして慌てて駆け寄ると黒く腐乱しかけた動物の死骸があった。この時代に走る鉄の塊のからくりに押し潰されたのかと思うたが、これはあのときの犬だということを思い出す。 「無残な姿になったものだ」 命を失った骸が以前の自分と重なって忘れかけていた記憶が呼び戻される。あのとき自分も死んでいたなら苦痛を感じることもなかったろうに。犬神になったときも、一度此の世から離れたときも心が焼ける程苦しかった。 「犬神、」 柔らかい声に我に返る。 今は悟られぬようこの場を去らねば。 「女子が目にするものではござらん。ここを離れましょう」 上手く連れ出す術は心得ていない。ただ腕を引いて足早に家へと戻った。 |