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松の木の下に動物の死骸があった。 最近そこらかしこで動物の四肢を引きちぎられた死骸が見つかっている。似た種類の動物が同じ死に方をしていることから同一犯の可能性が高いと近所の奥さんが話していた。 「主様、」 見事な枝振りの松の木から犬神が私に声をかける。1日に1回私たちは散歩をするようになった。犬神はもともと犬なので外を出歩くのは好きらしい。「外に出たいのですが」と言われたときは「人間に見つからなければいつでもどうぞ」と答えたのだけどそれでは犬神の気が治まらなかったらしい。私を一人にしておくのは心配だとか折角久方ぶりに会えたのだから是非一緒に歩きたいなどと、あれやこれや五月蝿かったので仕方なく1日に1回だけと決めて散歩することになった。とは言え、犬神はは他の人に見つかっては面倒なので屋根や木を伝って私について来るという風でこれではただの一人散歩だ。視線を送れば直ぐにこちらに寄ってくるけれど。 そして、その散歩の途中に死骸を見つけたというわけだ。 「主様。骸に近づいては疫病がうつるやもしれませぬ」 ふわりと音も無く地面に着地してズタズタになった動物を覗き込む。 「やめた方がいいですよ」 たぶん、この死骸は犬だ。血で真っ黒く変色しているが、辛うじて四肢は繋がっていて元の形を推測できる。犬神も元はただの犬だったそうだ。ならば四肢を引きちぎられた同類など見たくないだろうと思ったけど。 「無残な姿になったものだ」 その声には感情が無くて背筋がひやりとした。押し殺しているのでもなく、最初から感情を持たないような声。表情の消えた顔がいつも私に見せている顔ではなくて、他の恐ろしいものに感じた。 「犬神、」 「女子が目にするものではござらん。ここを離れましょう」 私は引っ張られるようにしてその場を離れた。 「ふぅ………できた」 昼間の犬は見覚えがあった。去年の夏に仔犬を4匹生んだが乳が出ずに親子ともども弱りきっていたところを拾って介抱したのだ。秋には消えるようにいなくなってしまったが親犬だけは歩いているのを見かけることがあった。夕食後にシャベルとタオルを持って外に出た。松の根元にダンボール1個分の穴を掘ってタオルにくるんだ犬をそっと置く。硬くなった体からは生気を感じられない。 「可哀想に」 弔おうと両手を合わせた時。ボタ、と 宙から塊が落ちてきた。 「ひっ?!」 暗くてもそれが何かはっきりと分かった。ボタボタと動物の腕や足が辺りに散らばる。こちらを向いた猫の目は白濁として口からは血とも内容物とも言えないものが溢れ出していた。急激な吐き気を覚えて口を覆う。 部屋に帰るとすぐに布団に突っ伏した。嘔吐もできないまま吐き気を抱えた体に無理矢理眠りを誘導する。早く眠ってしまいたかった。 「あの死骸、誰かが弔ったらしい。安心召されよ」 弔うことのできなかった骸を埋めようとしたけれど、昨日のことが思い出されてどうしても足をむける気になれずにいると、犬神が「代わりに某が行きまする」とシャベル片手に出て行った。汚れて帰ってくると予想してタオルを用意して待っていたが、戻ってきた姿は出て行ったときのまま綺麗なもので拍子抜けした。 「すみませぬ!何か器を持ってきてくだされ!」 玄関で叫ぶ犬神に手にしていたタオルを持っていって広げる。 戻ってきた犬神の両腕にはシャベルの代わりに梅の実がたくさんえ込まれていた。 「どうしたの、これ」 「主様は梅がお好きでしたのでちと拝借してきたのです。これを食べてご気分が善くなればと思いまして」 この辺りに自生している梅の木はない。拝借、という言葉を聴く限り犬神はどこぞの家から言葉通り拝借してきたのだろう、無断で。 取ってきたものはしょうがない。屈託も無く微笑んでいるのを見ると自分が人の家から盗ってきた罪悪感はないのだろう。この梅の持ち主に悪いことをしたなあと思ったけれど犬神を謝りに行かせるわけにもいかないし、私が罪を被るのも筋違いなので有難く頂くことにした。 「如何であろう」 まるで褒めて、と言わんばかりに期待を含んだ顔を向けられてたじろぐ。炎に似た尾が揺れてまるで燃えているみたいだ。恐る恐る触れると暖かく、毛布の様な手触り。梳くように撫でると気持ち良さそうに茶色の耳が動いた。尻尾が腕に巻きついて犬神の腹に誘導される。本物の犬にするように腹を撫でればそのまま縁側に伸びてしまって仮にも神の字を持つ犬神の威厳は無い。喉を鳴らしてもっと、と催促する姿が仔犬が母犬にじゃれつく姿に重なって穏やかな気持ちになった。 「梅、どうもありがとう」 梅の香が混じった風が吹き抜けた午後だった。
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