|
男が笑んだ瞬間、目の前に光が広がった。光の奥からゆっくり景色が近づいてくる。まるで走馬灯を見ているようだと思った。 「気持ち悪い……何の臭いなんだろう」 腐敗臭が鼻について離れない。その原因はすぐに分かった。 視界が開けたと思ったのは私のいるここが村の通り道だから。この道の両側に朽ち果てかけた民家が点々としている。中でも老朽が酷い民家の前には必ずと言っていいほど人間が蹲っている。微動だにしない体は遠目に見ても骨と皮しかない。 「宮さんは鬼の一族じゃから」 「ワシらが必死に神様に助けを懇願しているのに一向に死人が耐えない。宮さんだけ厄災が降りかからんのは解せん。鬼の血を引いとるに違いない」 「このままワシらだけが朽ち果てるなんぞできん」 「何ぞいい考えがあるのか」 倒壊しかけたあばら家に骨と皮だけの老人たちが座り込んでいた。ムシロ上で投げ出している体は無気力なのに、その瞳だけはギラギラしていて映画で観たゾンビに似ている。あの人たちが話している「宮さん」への怒りだけでギリギリ生きているという感じだ。 宮さんという言葉で先程の少女が頭を掠めた。あの子の格好は巫女さんそのものではなかったか。私は居てもたってもいられずに走り出した。空が暗い。灰色の雲が空を覆い尽くし始めた。 |
|
空が唸った音が聞こえたと思ったら閃光が走って私は部屋の中にいた。足元には少女と犬が寄り添って寝息を立てている。いや、先程会った少女より少し顔が大人びている。 どうやら私は目の前が光る度に違う場所と時間を移動しているみたいだ。 家具も殆どないがらんとした部屋。そのあちこちに鋭いものできり付けられた形跡があった。 「逃げなさい!」 遠くで男の声がした。大勢の人の騒ぎ声と何かが弾ける音がする。驚いて扉を開けようとするが私は扉を開くことができない。 「どうなってるの?……障子が赤い……?」 障子の向こうが赤い。たまに赤が揺らめいてこちらへ近づいてくる。これは……。 「火事よ!起きて!!早く逃げないと!!」 少女に叫ぶとすでに彼女は起き上がっていた。その手を捕まえて外へ出るために扉を蹴り飛ばす! 筈だった。蹴り飛ばしたと思った扉はびくともしなかった。いくら蹴っても鋼鉄の扉みたいに動かない。私はこの世界に関与できないのだ。 「どうしよう……どうすればいいの?」 「!逃げなさい!!」 先程と同じ男が私の名前を呼ぶ。 「……!」 声質も自分の父親と全く違うのに懐かしくてたまらない。障子の向こうで私の名前を呼ぶあの人の声。 「父上!母上!逃げてください!」 自分の口が勝手に動いた。 「逃げて!私のことはいいから!」 遠くで大勢の叫び声がする。父上の叫び声、それと多分村人の声。そして、何かを叩く鈍い音。 「私たちは何もしてないのに!ただ平和に暮らしていただけなのにっ……こんなことってないよ……」 目頭が熱い。体も熱い。部屋も熱くて視界が歪む。 「人間って愚かだよね。悪者をつくって排除してさ。それで何の解決になるっていうのさ。アンタも可哀想にね。人間の感情に巻き込まれて死ぬんだからさ」 いつの間にかあの奇妙な男がいた。焼けるような熱さも感じていない涼しい顔で。犬が少女を守って吠え付くけれどまるで存在しないも同然に振舞う。 「でも俺様には好都合だけどね。あのときの約束を守ってもらいにきたよ。このまま火に焼かれて死ぬのと俺様に殺されるのどっちがいい?好きなほうを選ばしてあげる」 冷たい顔に人のいいお兄さんの表情を作って笑う男。少女はそれと真っ直ぐ対峙する。 「どっちもごめんだわ」 長い爪をのばしている男を見た犬が唸りを揚げて噛み付きかけたそのとき。 ザシュッ 鮮血が目の前を舞った。 どこに隠していたのか手には小さな赤い刀が握られていた。少女はバランスを失って鮮血を噴きながら崩れた。 「人間にしとくのがもったいないね」 毛に血を浴びて赤く染まった犬が直も少女を庇って男に吠え立てる。 「アンタのご主人、気に入ったよ」 初めて犬に話しかけた男はそう言って笑う。犬が再び飛びかかろうとした瞬間、一陣の風が吹いて男も少女も消えてしまった。
|