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目の前の赤子の眠る姿に目を細める。何度容姿が変わろうと一目で分かる。魂がお互いを引き寄せるのだ。指で小さな手の平を撫でると赤子は指を握った。嗚呼、幾年月との瞬間を待ったことか。きっと、今度こそは、きっと、この願いを。 暗い部屋に揺らめく蝋燭のぼんやりした明かり。灯が揺れると自分の体も揺れて見える。息を吹きかけると小さな灯はあっけなく消えて煙が一筋天井に昇っていった。手探りで紐を探して電気をつけると古い蛍光灯はパチパチと音を鳴らした。小さな机の上にはショートケーキ。 「おめでとう、私」 今日は私の生まれた日だ。しかしこれといって特別なこともなく、毎年変わり栄えの無い祝福の言葉を送られるのみである。いいや、おめでとうの言葉を聞いただけでも特別な日かもしれない。毎日、決まった場所に足を運び夜になれば家に帰る。その繰り返しだ。テレビの中の同じ年頃の女の子は多忙ながら充実した生活を送って輝いて見えるが私にはそんな生活を送れるとは思えない。ただ生きるために生活してそしていつかひっそりと死ぬのだ。フォークでショートケーキを崩して口に含むと甘酸っぱい味が口に広がった。 「うっ………」 突然吐き気に襲われる。我慢していると動機が激しくなってきて床に肘を突いて胸を押さえるが良くなる気配が無い。荒い呼吸だけが部屋に響く。胸の奥に何か塊があるような感じがしてこれは普通の吐き気ではないと親をしたとき塊が背中まで這い上がり抜けていく感覚がした。呼吸を整えながら体を起こして確認するが先ほどの吐き気はどこへやら、全く不調は感じられない。さっきのは何だったんだろうか。最近の不規則な生活が祟ったのだろうか今日はケーキを食べて早く寝よう。残りを口にしようと机に向かう。すると目の前に大きな塊があった。いや、塊ではなくこれは人間だ。明らかに家族ではない、しかも異様な格好の。神主が着るような形の黒い着物に、足元まで延びた長い帯。背中には蝶々に結ばれた大きな注連縄を背負い高下駄で床を踏みしめている。何より目立つのが自分の背丈ほどある大きな尾のようなもの。炎のように燃えているかに見える。風も無いのに揺れている。不振な人物は目が合うと茶色の瞳を大きく開きその場に平伏する。首に掛けた鏡と鈴がシャランと鳴った。若い男はそのまま続ける。 「千年待ち申した。再び貴女に仕えるべく地獄より舞い戻った次第。某は他に行くあては御座いませぬ。どうかお傍に置いてくだされ」 「誰か来て!」 目の前でおかしなことを話すおかしな男。どこから侵入したのかは分からないが若い女の部屋に勝手に入り込んだのだ。十分恐怖の対象になる。悲鳴を聞きつけた家族がくるのを待つがテレビの騒がしい音が微かに聞こえるだけだ。自分の携帯電話は男の向こうに放り投げた鞄の向こうにある。私は近づいてくる男を威嚇しながらドアへ移動する。獣のような瞳がギラリと光ってこちら手を伸ばす。私もドアノブに必死で手を伸ばそうとしたが掠っただけでそのまま床に打ち付けた。男の手が肩を掴む。 「主様、某を覚えておらぬのか」 茶色の瞳が哀を帯びて細められる。それは何故だか分からないけれど見たことがあるような気がして記憶を探るが思い当たる節はない。 「主様の生み出した犬神で御座る。某の姿、思い出されぬのか」 眉間に皺が寄っていく。思い出したように手を懐に滑らせて取り出したのは古びた袱紗。長細く折られたそれを丁寧に開けば、美しい懐刀が出てきた。 「これをお返し致す。貴女が死んだとき預かったものだ。また出会った時記憶を呼び覚ませればと」 男の両手ほどの短い刀。珊瑚で作られているのだろう、朱色がとても美しい。両手で差し出された懐刀を受け取りゆっくり刀身を抜くが刃先が光っただけで普通の刃物だった。 「主様、」 期待を大いに含んだ眼差しが向けられるが何も思い出せないので首を振るしかない。そもそもこんな怪しい人物に知り合いなどいないので思い出す記憶もない。目の前の瞳が落胆の色に変わる。 「そうか………。そうであるな。人間が千年前の自身など覚えておる筈がないのだ。………それでもいい。今は出会えただけで幸せだ」 言って再び手を着いて頭を下げる。 「どうかお傍に置いてくだされ。貴女ともう一度生を共にしたいのだ」
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