|
恋月夜に恋待月 一針一針丁寧に繕っていくがいかんせん不器用な両手は布の裂け目を上手く縫い合わせることができない。それでもなるべく綺麗にと奥方様の繕った羽織をお手本に針を差込続ける。鶯茶の羽織はところどころ解れていて持ち主の気性を思い起こさせた。裾の辺りが大きく裂けていて、そういえば去年梅の花を取ろうと木に登って引き裂き、奥方様に大層叱られたことがあった。たくさん手折った梅の枝を私たち女中にくださったのだっけ。あの梅を生けた小さな花瓶にはもう別の花が挿してあるけれど控えめに花をつけた様子は今でも鮮明に思い出すことができる。羽織を抱いて香りをかぐように息を吸うと錯覚だろうけれど梅の匂いがした。 「ここに居たのかい」 ひょい、と襖から顔を覗かせたその人はまたどこぞで戦か喧嘩にをしてきたのだろう髪は乱れて着物のあちこちに土がついた跡がある。 「大分探したんだぜ、部屋にも居ねぇから」 一応気を遣ってそろりと歩いている風に見えるが大きな足はどしどしと畳を慣らして何だか面目なさそうな顔でお針子部屋に上がり込む。私は抱いたままの羽織を後ろに隠しながら顔を取り繕う。 「慶次様、お帰りなさいませ」 「ただいま」 そう言いながら伸びた手はしっかり後ろの鶯茶を掴んでいた。少し何かを思い出すような仕草を見せた後、ふふっと息を漏らした。 「これはまだ駄目です」 たぶんこの人は最初から知っていたのではないだろうか。私は彼の手から羽織を引っ手繰って襖から飛び出そうとする。数歩駆け出したところで体が宙に浮いて訳も分からずに竦んでしまった。 「つれねぇじゃねえか」 納められたのは彼の腕の中。昔、慶次様にお話してもらった異国のお姫様のようなそれは女中という身分の私にはもったいなさ過ぎるほど眩しい。それでもまるであんたは特別だよ、と言われている様で頬が熱くなる。顔を上げれば上弦の月に照らされた彼の顔が暖かく微笑んだ。 私を抱いた彼の手には白い花をつけた梅が握られていた。 (08.03.24) |