ひなげし


私は葛藤している。
疎らだが人が行き交う歩道の脇で携帯を弄る真似をして、できるだけ自然に装う。右肩に引っ掛けたいつも使っているバックには最近買った念願の一眼レフ。鞄の中でズシンとその重さを主張して普段なら邪魔なところだけれど、値段がとても高くなかなか手が出ずにいたのでその重さが心地よい。買ってすぐに説明書と葛藤してようやく一通りの扱いをマスターし、被写体を求めて意気揚々と家を出たのだ。見つけたのは清楚なな1輪のポピー。アスファルトの割れ目に遠慮するように咲くその花を見た瞬間、記念すべき1枚目はポピーを撮ろうと決めた。しかし、場所は人が行きかう歩道。傍では車がひっきりなしに通っている。だから人も車もいなくなるのをこうして携帯を触って待っているわけだけれど、一向にシャッターチャンスはやってこない。流石に人の視線が向けられる場所でアスファルトに這いつくばることは恥ずかしくてできない。きっとプロだったら、満足する写真を撮るために躊躇わないだろうけど、私はプロではない。今日は諦めようか。私はアスファルトに視線を落とす。しかし、花の命は短い。次にここに来たときはもう枯れているかもしれない。柔らかい風がポピーの花弁を振るわせる。
「へぇ、奇遇だね。こんなところで立ち尽くしてどうしたんだい」
頭の上から聞いたことのある男性の声がして顔を上げると、そこには私服を着た彼がしゃんとした綺麗な姿勢で立っていた。風がまたポピーと彼の癖のある銀髪を揺らす。
「ううん、ちょっとね」
カメラは仲の良い友人にも話していない、秘密の、私だけの趣味だ。口に出すことが躊躇われて返事がどもる。
「ふぅん。誰かを待っている様に見えたけれど」
「人を待ってるわけじゃないのよ」
流石、鋭いところを突いてくる。脳のキレが良い人はカンもいいらしい。
ふと、私の頭をある考えが過ぎる。彼が傍にいたら写真が撮れるのではないだろうか。誰かが傍に居たなら他人の視線があっても少なくとも1人よりは恥ずかしくない。趣味が露見するけれど、彼は人の事をみだりに喋る人間ではない、と思う。
「実はあれを撮りたいんだけど。人目が気になって」
鞄から重たいカメラを取り出して被写体に向ける。
「へぇ、君にそんな趣味があったとはね」
珍しく感心したように頷く彼を背にアスファルトに膝を着く。随分と弄ったカメラだ。使い方は心得ている。手早く調節をしてシャッターを切る。初めて押したシャッターの音は重かった。
「ありがとう」
やっと撮ることのできた1枚目に満足して彼に感謝する。後ろに居るはずの彼に声をかけたけれど既にそこには影もなく、彼が向かう筈だった方向に歩を進めていた。その背にもう一度声をかけようか躊躇ったけれど、彼は片手を上げてひらひら振ったので私は何も言わず見送った。
日差しが強くなってきた日の午後のことだった。


(08.05.29)