時計も深夜12時を回って布団に潜り込もうとしたとき、扉を激しく叩く音がした。深夜の訪問者に一瞬体が強張る。深夜にやってくるのは大概急用とか訃報で私は深夜にやってくるものにいい感情をもっていない。頭まで布団を被って音が止むのを待っていたけれど、扉の向こうの相手はずっと叩き続けている。
「開けてくれ」
その声にはっとしてすぐに玄関へ向かう。声の主に確信を持ちながらも念のために扉のレンズを覗くとそこにはやはり予想していた人物がいた。
「今開けるから」
扉の向こうの人物は頭を垂れて、しかし定規が一本通っているような姿勢の良さで立っている。その姿を見てまだ心の根底にあるものは変わっていないのだと安心する。
「……アンタが家に帰ってくるのなんて久しぶりね」
よく見てみると外灯に照らされたこの子の姿はジーパンに土が着いていてボロボロ。口の端は切れており、鼻からは大量の鼻血が出てそれを拭ったのだろう。鼻の下に擦って広がった血が凝固していたのが分かった。
「おいで、治療しなくちゃ」
何も言わないこの子のジーパンの土を叩いて中に入れる。近くにいると小さな擦り傷や切り傷がそこら中にあるのが確認できた。私は部屋の隅に置いていた救急箱を開け、口の端や見える傷口に消毒液を含ませた綿で優しく拭いていく。まだ赤みが残る傷口に綿が触れるとじわ、と消毒液が染みて顔を歪ませた。
「痛いのは我慢しなさい」
今日の怪我はいつもよりも酷く、本当なら病院で診てもらいたいのだけど私が薦めてもこの子はきっと首を振らない。病院に行くと「なぜ」怪我をしたのかを問われるから。私はこの子が今何と戦っていているのか分からない。でも、時間が経って成長して、いつか私の知らない自分のことを話してくれる日がくるのを待っている。



「暫く家にいることね」
救急箱をしまっていると肩に額が当たる感触。程なくして長い腕が私の胴に纏わりつく。その腕は私が覚えていたものとは随分違って骨ばった腕に抱きしめられると痛い、と感じてしまう。
「あ ね う え」
低く呟かれた言葉は私に幼い頃の片鱗を思い起こさせるものだった。



いつか私に話して。私の知らないあなたの話





(08.12.06)