返れない

この薄い襖の向こうには虎の若子が眠っていて、いやきっと起きているはずで自分を戒ているのだろうなあ。歯を食いしばって顔を歪めているかもしれない。布団に顔を押し付けて涙を流しているかもしれない。俺の隣でシーツにぐったりと体を沈めて眠っているこの子はしっとりと汗をかいている。ふるりと震えて露になった肩に布団を掛けてやる。彼女の血管も透き通る様な白い肌は曇りの無い様に見えてとても綺麗だが額を覆っているガーゼの下にはまだ新しい傷があるのだろう。痛々しい。それ以上に俺の背中につけた幾筋もの爪の痕や、彼女の顔を伝った涙の痕の方が余程痛々しいのか。何度目かの時、この子が言葉を発さないようにしていたことに気付く。無性にやるせない気持ちになってせめてこの子が恐れも何も無くただ愛し合っていた頃の虎の若子と(錯覚でもいい、)重ねられることができるように声音を変えて名前を呼んでやる。例えその行為が酷く馬鹿げていて不毛であったとしても。彼女はその一瞬だけ夜の闇に溶けて消えそうな声で虎の若子を呼ぶのだ。

せめて、俺は、俺を好いてくれる、二人のために





(09.12.18)