嫌な予感がして薄暗くなり始めた空を慶次のマンションに走った時には既に酷い有様だった。何度インターホンを鳴らしても扉を叩いても出てくる気配は無く私は仕方なく預かっていた合鍵で扉を開けた。廊下には何か細かいキラキラとしたものが散らばっていて指で摘むと硝子の破片だった。隅には大切にしていたはずのバカラだったものが無残に転がっていた。部屋の奥で鳴っている大音量のテレビに嫌なものを感じながら傍に放り投げてあったスリッパを穿き居間へ足を進める。居間に続く扉は指が1本入る位の隙間があいていてそこから聞こえるテレビのバラエティらしき楽しそうな笑い声とテレビがついているのにも関わらず人の気配がしないのが気味が悪かった。最悪の結末が頭を過ぎる。いやいや、あいつに限ってそんなことは無いだろう。こんな状態になっているのはきっと何か理由があるんじゃないだろうか。(けれど他の理由など思い浮かばない)
恐る恐る扉を開ける。最悪のもしもを想定して閉じていた瞼をゆっくり開けて部屋を確認する。ついたままのテレビ、散らかった衣服や割れた食器、投げつけられて背表紙が裂けそうになった本。簡易テーブルの向こうにぐしゃぐしゃになった毛布に包まって慶次がいた。普段の生き生きとした生気は感じられずピクリとも動かない体に声をかけるのを躊躇った。覗き込んでみるがうつ伏せになっていて見ることが出来なかった。近しい友人の動かない姿を前に心臓がドクドクと音を立てる。外にまで響く大音量のテレビは未だついたままだと言うのにそれすら気にする余裕が無い。それでも何とか生死を確認しようと毛布から僅かに出ている首に手を当てる。


暖かかった。確かに生きている温もりを感じて安堵した。虚ろな瞳が私の方を向いて誰なのか確かめるようにじっと見つめられた。私だと認識するやいなやだらりと垂れた手に力が篭ってずるずると毛布に引っ張り込まれる。毛布の中で向かい合って肩に押し付けられた顔は見えないけれどきっと酷い ものだろう。なにも言わない慶次の背中にただ手を回すが広い背中に腕を回しきれないことがもどかしい。こんな行為で慶次を癒すことは出来ないのは百も承知だがせめてもの慰めになればいいと自分の温もりが伝わるように抱き込む。体を引き寄せて腕に力を込めると「うぅ」という声が響いて大きな体が嗚咽交じりに揺れだした。握られた腕がミシミシと悲鳴をあげるが私は解くことを要求しない。泣く理由を私は聞かない。多分、聞かないほうがいいのだ。いや、本当はずっと昔から知っている。なぜなら今日は"あの人"の命日なのだから。嗚咽交じりに何かを叫んでいるけれどそれが一体何を言っているのか聞き取れなかった。けれど少しでも気持ちが安らげばいいと彼が意識を失うま抱き続けた。




子ども騙しに時を稼いで想いを馳せる 花の散る間は



ドンペソさん、リクエストありがとうございました!
(08.03.24)