蜃気楼を現実に


校則を無視した薄っぺらいコンバースの赤い鞄に財布とペンケースとまつ姉ちゃんの弁当と最後に小さな包みだけ入れて遅刻ギリギリの時間に慌てて家を飛び出す。長年使っている愛用の自転車が軋んで今朝も一段と寒いことが分かる。自転車の後ろの塗装が一部だけはっきり剥がれているのを見て苦笑。今日も会えればいいなんて思う。よく清んだ寒空に通学中の女の子の声が響いていてあー浮かれてんのは俺だけじゃねぇよなあ、なんて考えながら俺は今日に限って結ぶ時間の無かった髪が顔に掛かるのを掃いながらペダルを漕ぐ力を強めた。



学校が遠目に見えたところで勢いよく通り過ぎた道に見知った顔がいた気がして急ブレーキをかける。ぱたぱたと近寄ってくる足音が聞こえるが俺は心臓がぎゅう、と掴まれた気がして振り返れなかった。
「慶次、おはよう」
「ん、」
いつも通りの笑顔で挨拶してきたこの子に俺はいつも通りの返事が返せなくて持っていた通学鞄を奪って自転車の籠に乗せた。こうなると後はまさしくいつもの通りで小さな足を自転車の後ろに乗っけてその手を俺の首に回す。(首に回すのは苦しいから肩持てよって言うのだけど一向にそうはしてくれない)自分にしっかり捕まったのを確認して再び自転車を漕ぎ出す。学校への長い坂道を一気に下り始めると後ろで小さな悲鳴が聞こえた。思わず竦んだの柔らかな唇が首筋に触れて、体がひくりと疼いた。



昇降口を反れて二人して校舎の影に隠れる。小さな手を掴んだままの自分の手が妙に熱い。ここまでくればもうも察したようで下ばかり見て普段みたく手もぎゅっと握ってくれないし笑ってもくれない。暫く沈黙が流れて俺は意を決して息を吸った。
、」
鞄から出した包みを解きそれを首に掛けてやる。首に手を回すなんてことくらい幼稚園の頃からやってることなのに今はそんなことすら動揺の原因にしかならなくて手が震えた。ようやく小さな金具がかみ合うと細かい鎖が滑らかな首を滑ってチャームが光った。
「これ、私に」
火照っている頬を隠すように俯いて話すが可愛くてしょうがない。
「なあ、お返しはいらないよ。でも、その代わりにを頂戴」
体を屈めて俯いたままの顔を覗き込むと案の定頬を林檎みたいにして「見ないで」って言われたけどしっかり目を合わせてそっと口付けた。ただ触れているだけだというのに、目があっているだけだというのに心臓がバクバクと早鐘を打って息が詰まる。本当に呼吸が止まりそうになった頃ようやく唇を離した。もう一度、と今度は体を引き寄せたけれど計ったかのようにHRのチャイムが鳴って二人とも驚いて校舎裏を飛び出した。咄嗟に繋いだ手はしっかりと握られていて後ろを降り向いたらまだ俯いていたけれど、それはそれは幸せそうな俺の大好きな顔をしていたのでそのまま「愛の逃避行」なんて冗談めかして屋上まで連れ去った。

蜃気楼を現実に
(あのネックレスが首輪代わりっていうのは内緒)


(08.02.25)
匿名さん、リクエストありがとうございます!