張り詰めた空気がひしひしと肌に触れて程好い緊張感が生まれる。目の前に広がる惨状に心動かされなくなった時が私の死ぬときだと常日頃から思っていた。しかし今私の身体を支配しているのは同胞を嘆く哀しみや痛みではなく、紛れもない歓喜だった。

身体の中から溢れてくる高揚感を抑えられずに私は笑みが広がるのを感じていた。

「……やはりそなたは似ている」

砂塵の向こうから固い声が届いて私はそっと息を吐き出す。昂りすぎた気持ちを抑えようとするけれど何もかもが無駄に終わってしまう。それさえもなんだか愉快で笑いを堪えられない。

「私がアレに似ているんじゃないよ。アレが私に似たんだ」

抜刀して切っ先を幸村の方へと向けると、まだ幼さを残す顔が僅かに歪んだ。その表情は嫌いではない。だが私には特別美しいと思う表情がある。それは彼にしかない、彼だからこそ美しい。

歪みを生んだのはなにも私だけのせいではない。虎の若子などと言われて一躍その名を全国へ轟かせてしまった彼にも同じく罪があると私は思うのだ。

砂塵が薄まり視界が次第に晴れていく。すい、と視線を上へと向けて雲一つない青天の空を見上げる。アレが出陣するときはいつもこうだ。

天までもがアレを引き込もうとする。

「なまえ殿」

「気安く呼ぶんじゃないよ、虎の若子」

戦場には不釣り合いなほどの穏やかさで日の光が大地に降り注いでいた。その眩しさに一度瞼を下ろして浅く息を吐き出す。

瞼を閉じていてもわかる。

こちらの殺気に当てられて膨らむ興奮と戸惑いの奇妙な感情。まだ迷うというのだろうか。

目を開いて見つめる先にいるまだまだ幼い虎の若子を私は一体どうしたいのだろう。

愚問だ。

そんな問いに意味などない。

「さぁ、始めようか。今日はアレの初舞台だからね」

そう言って幸村を見れば心底傷付いたような顔をして、それでも内から沸き起こる異様な感情を抑えきれずにいる。

もっと、貪欲になればいい。

自分の本能に忠実になれば幸村の中にある咆哮を止めない獣の姿を見ることができる。

初めて対峙したあの時の慕情を思い出させてほしい。

「お前の獣を私に見せておくれ、幸村」

呟きは轟音に掻き消されて幸村の耳には届かないだろう。聴こえるのはただ互いの刃がぶつかり合う生々しい音だけ。至近距離で見る幸村の顔は、恍惚としてしまう程に美しかった。触れたい衝動に駆られたけれどそれを抑圧する術はすでに心得ていたはずだった。

切っ先が衣の上から肌を突き破り肉を微かに抉る。散る飛沫が幸村の翻る後ろ髪と重なって、私は瞠目した。視界を埋め尽くす朱に、胸を焦がしていた感情が沸き上がってくる。

「なまえ殿……っ」

抑えきれない衝動に私は逆らうこともせず、僅かに伸ばした指先で朱色に染まった幸村の頬をふんわりと撫でた。

初めて出逢った時から私の中に消えない火を灯した瞳を見つめて、私は緩やかに笑みを浮かべる。零距離まで迫ったいとおしい男。手に入れたくて堪らなかった熱が触れた指先からじりじりと伝わってくる。

「また、遊びにおいで……幸村」

何か言葉を発しようとした口を己のそれで塞いで、重なった影を視界の端に捉えながら私は、またひとつ私の中に歪みが生まれるのを感じていた。


情熱は絶えてはいけない
情熱は絶えてはいけない