油がたっぷり注がれた鍋の中でぱちぱちと餅の爆ぜる音。 白くて平らな餅がぷっくりと膨れては弾けていく。 あー、これ絶対私に「食べて」って言ってるよね。 だっておいしそうだもん! 一番小さなのはもうすっかり揚げあがり食べ頃を主張している。 一つ位つまみ食いしてもいいか。 私は跳ねる油に気をつけながら菜箸をのばす。



「どうだ、。かき餅はできたか」
「わっ、」
台所の暖簾を潜って現れたのはお館様。 丁寧に整えられた髭を撫でながら鍋の中を覗き込んでくる。
「道場の奴らはみんなお主の菓子を楽しみにしとるからの」
お館様はそう言って私が持っていた菜箸を奪い膨れた餅をつん、と突いた。
「どれ、味見じゃ」
「あっ、それ駄目ですよ!」
揚げあがったところで完成したのかと思い、まだ油がたっぷりついた それは熱いかき餅を口に運ぶお館様を急いで止める。
「まだ熱いですよ。それに油を切って砂糖掛けないと」
「ふむ、わしはてっきり完成したものかと思うたが」
「まだです。ほら、この上に乗せてください」
私がキッチンペーパーを差し出すと渋々といった様に餅を乗せる。 早く食べたそうにしていたので手早く油を切り「砂糖ときなこどちらが好きか」 と聞いたら「どちらも混ぜてしまえ」とのお達しだったので手間がかかるなぁ、 と思いながらも小皿を棚から取り出し砂糖ときなこを混ぜて餅にまぶした。
「はい、完成です」
「んん………美味いの。は良い嫁になれる」
まだ熱いのに手で掴んでひょいっと口に放り投げた。 舌が焼けどしないかと心配になったがどうやらあれくらいの熱さは 何とも思わない様でもぐもぐとおいしそうに咀嚼している。 口の端についているきなこは取ってあげた方がいいのだろうか。 お館様は指に付いた砂糖ときなこを舐め取って満足げ。 あぁ、きなこが気になるなぁ。



「うあぁっ」
そんなことを考えていると腕をいきなり引っ張られたのに驚いて変な声を出してしまった。 おろおろする自分に目を細め、お館さまは握られた私の手を解く。 そして指をじっと見つめる。
「どうしたんですかっ」
「お主、これは痛くないのか」
太い指で握られた私の中指は赤く水ぶくれになっていた。 たぶんこの飛び散る油の所為だ。 意識するとじくじくと痛みが襲ってくる。
「お館様が教えてくれた所為で痛くなりました」
「なんと、わしの所為にするか」
はっはっはっと何時ものように豪快に笑いながら冷凍庫にあった小さなアイスパックを渡してくれた。 患部に当てると冷たい感触が痛みを和らげてくれる。 指の腫れ具合からももうこれ以上酷くならない様なので安心した。



残りのかき餅は相当苦戦しながらお館様が作ってくれた。 隣で指を冷やしながら指示していた私は何度も手を貸そうとしたが どうやら夢中になっているらしく手伝いはあえなく拒否された。



さぁ、道場のみんなに持って行こうとエプロンを解きカーディガンを羽織ったが いかんせん利き手の中指を焼けどしてしまったのでうまく蝶々結びができない。 今日に限ってなんでこれ着てきたかな。 チャックかボタンのやつにしとけば良かった。 胸のリボンをどう結ぶか思案していると「貸してみろ」との声。
「蝶々結びでよいのか」
「あ、はい」
くるくる、と器用に無骨な手が動く。 お館様の顔が近い。 ゆっくりと呼吸をするのが聞こえて直視できない。 落ち着こうと息を吸うと胸にお館様の手が触れそうになって思わず息を止めた。 息が詰まるし、だんだん顔が熱くなってきた。 もう私は顔が火照るのと心臓の音を聞かれないことに専念するので精一杯。 古い時計の秒針の音だけが鮮明に聞こえる。 確信犯、ではないと思うけど……。



一方結び終わったお館さまは怪訝な顔をしている。
「えと、あの、お館様」
「む、」
できた蝶々は見事に左に傾いていた。
「大丈夫ですよ、これでも」
「ならん」
今度は慎重に結んだが蝶々は更に大きく傾いた。 眉間に深い溝を刻み「さて、どうしたものか」と顎を撫でている。
「蝶々結びがこの様に難しいものとは思わなんだ」
三回目の挑戦をしようとしたところで私はそれを制した。
「早く持っていかないと餅が冷えちゃいますって」
文句をいいながら火照った顔を見られないように足早で道場へ向かう。
「そんなに慌てずとも良いではないか」
私の焦りを知ってか知らずかまたも豪快に笑いながらゆっくりとついて来るお館様を 睨み付けたかったがそこはぐっと我慢し更に足を速めることで意思表示した。


蝶々あやし

(ほんとにもう!)



(07.10.29)